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pirka ramer

心の美しい光を探しにいく旅のブログ

糖尿病 すれ違いの物語

近頃、仕事で糖尿病の方によく接しています

薬理や病気のしくみ、患者さんの症状や状況、性格、雰囲気などにアクセスしていたら

あるときその点がつながり

切ないストーリーが浮かびました

その悲しいすれ違いに

胸がぎゅっと締めつけられます

 

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ほんとは一番欲しいものがあるのに

代わりのもので、虚しいもので

必死で自分を満たそうとしているんだね

 

ストレスや緊張で信号を受けた肝臓からも

エールを送り込んでくれてるよ

 

でも身体の細胞は、もう要らないよと応える

だってそんなこと頑張りたくないんだもの!

もっとワクワクするものを求む!

 

あなたが良かれと思って与えたものは拒み続けられ

そうして血液の中は糖でいっぱいになった

 

細胞は魂からの喜びと愛に飢える

身体はだるさ、疲労感に包まれ

ますます現状を頑張るのが辛くなる

そして喉の渇き、渇望の苦しみ

 

糖は本当は役に立ちたくて

ただあなたの求めに寄り添っただけ

 

拒否され、役割を見失い、いっぱいになった血中の糖は

凶器となり神経や血管を傷つけ

肉体を損なわせていく

 

そのもの自体に善も悪もなく

そこにあるのは切ないすれ違いの物語

 

 

 

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ストレスがあるとお菓子食べたくなっちゃいますよね

砂糖って少なくとも今の私たちには

それほどは必要なものではないけれど

とっておきのシチュエーション、雰囲気の中

特別な気分、感覚で心からの幸せを満たしながらいただけば

身体はその喜びを受け入れてくれると思うのです

そのとき一切の罪悪感はなしですよ!

 

でもそれもたまにがいいんです

習慣とかストレス発散的に食べていると

中毒という偽物の快に支配されているかもしれません

きっと他にもっと“大きな本物の快”があるはずなのです

 

そう、これは運動とか食事とか、糖の収支だけで語ることはできません

心を温め、酸素いっぱいの血液を巡らせるのです

 

身体の反応はどんなものでも

魂の望みを生きるための“宝の鍵”があると思っています

 

身体は正直にストレートにメッセージを発しています

 

どうかどうかそのピュアな声が届きますように

 

 

 

 

 

 

たまのお菓子は自分にとってキラッキラして見えるものを食べたいものです

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忘れられないお菓子

奈良tsuzuruさんの“ピーナッツとフェンネルのビスケ”

感覚が洗われるようでした♡

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